中学生の夏休みの宿題を【真剣に】考えてみた
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こんにちは、加賀です。

今日は中学二年生の、夏休みの宿題を見る機会があったので、真剣に考えてみました😌

内容は、上の画像のものです。

「社会を明るくする運動」について、日常の体験をもとに”犯罪・非行のない地域社会づくりや犯罪・非行をした人の立ち直りについて”考えたこと、感じたこと

が題材だそうです。

 

まず若干文章がわかりずらいのでこういう事かと

「社会を明るくする運動とは」

1、すべての国民が犯罪と非行の防止に理解を深める

2、すべての国民が罪を犯した人間と非行した少年の更生に理解を深める

3、それぞれの立場において力を合わせる(?)

4、犯罪や非行のない地域社会を築くための運動

 

だそうです。

それぞれの立場において力を合わせる(?)

 

個人的な見解を前提におくと、2:8の法則(パレート)や二元論から、犯罪や非行はなくならないと考えます。

そもそも、「社会を明るくする運動」について、日常の体験をもとに”犯罪・非行のない地域社会づくりや犯罪・非行をした人の立ち直りについて”考えたこと、感じたこと

あんまり中学生じゃ考えないような内容だと思いませんか?🤣

むしろ自分たちですら考えないような・・笑

そもそも非行と犯罪をいっしょくたにして考えるべきなのか?

夏休みの宿題おそるべしw

 

日常の体験をもとに”犯罪・非行のない地域社会づくり に関して

なぜ人は犯罪や非行を行うのでしょうか?

犯罪と非行をいっしょくたにすると少し話がブレるので、ここは犯罪に絞ろうと思います。

犯罪はなぜ起きるのか?

「人」とのミスコミュニケーションか、「お金」による経済的問題が大半なのではないでしょうか

犯罪をしてしまう多くの人は、自分自身に降りかかる問題に対して

主観的で感情的な思考に偏ってしまっていると考えます

客観的で、理性的な思考能力を強化する必要があると考えます

 

人は思い込みで生きている生き物です。

自己中心的視点から抜け出すことは、なかなか容易ではありません。

100人100通りの生き方や、考え方、物の捉え方、定義があるので

自分自身を理解し、他人を理解し、寛容な気持ちで自分と他者を受け入れる「みんな違って、みんないい」と言う

多様な価値観を受け入れる事ができる思考を誰もが持ち合わせた世の中になる事が必要に思います。

 

近年日本のメディアの影響か、物の考え方の尺度が”0か100”の大変偏った考え方も問題と考えており

バランス感覚を持った考え方も必要と考えます

善悪の考え方などは、完全に個人の捉え方の問題です

全て完璧な人間などこの世にはいません

完璧な人間などいない事がわかっていながら、人はどこか自分や他者にも完璧を求めてしまうものです

理想との乖離、期待からの失望で人は感情的な行動を取り、自分ないし他人を攻撃してしまいます。

 

ですから、人とは不完全であるものだと言うことを認識し、ありのままの自分と相手を受け入れる

客観的視点と、理性的思考を教育的観点から育てる必要があると考えます

なので、そういった教育が必要ではないでしょうか。

 

ただ、「犯罪の原因」に関しての結論は現代では特定できていないので、完全になくすことはやはりまだ難しいでしょう。

それは、複数の生物学的要因と社会的要因が折り重なって起こるものだと考えるので

単純に答えが出るものでは決してないでしょう。

 

「犯罪」ではないですが、「争い」は遺伝子に確実にプログラムされているので、闘争本能や遺伝子を残すための競争本能は決してなくなることはないでしょう。

非行も一種の「個人のアイデンティティの確立」の上で行われる行動ではないかとも考えられます。

子孫繁栄のためのプログラムの一つではないでしょうか。

 

とにかく、犯罪・非行を少しでも少なくするには、主観的で感情的な思考から脱する事ができる教育はいかがでしょうか。

 

お後がヒュイゴー。

 

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