幸せとは何か。2年間、自分の人生と向き合って気づいたこと
幸せになりたい。
そう思って、仕事を頑張ったり、お金を増やしたり、自分を成長させようとしてきました。
もっと仕事がうまくいったら。
もっとお金が増えたら。
もっと自由になったら。
もっと成長できたら。
そうやって人生を良くしていけば、その先に「幸せ」があるような気がしていました。
でも、この2年間、自分の人生について毎週考える時間をつくってきて、少しずつ幸せに対する考え方が変わってきました。
今はこう思っています。
幸せとは、どこかに辿り着いたときに手に入るものではない。
すでに自分の周りにあるものを、幸せとして受け取る力なのかもしれない。
「もっと」が幸せにしてくれると思っていた
人間には「もっと」があります。
もっと稼ぎたい。
もっと評価されたい。
もっと自由になりたい。
もっと成長したい。
この気持ちは、決して悪いものではありません。
僕自身、この「もっと」という気持ちがあったから、仕事も頑張ってきたし、いろいろなことに挑戦してきました。
でも、「もっと」だけを見ていると、不思議なことが起きます。
今すでに持っているものが、見えなくなってしまう。
目標を達成しても、少しすると次の目標が現れる。
お金が増えても、もっと持っている人がいる。
仕事がうまくいっても、さらに成功している人がいる。
これを続けている限り、「十分」という日はなかなかやってきません。
僕自身、「もっともっと」と追い求めすぎて、苦しくなっていた時期がありました。
そこで、あることに気づきました。
幸せになるために人生を良くすることと、
今の人生から幸せを受け取ることは、別の能力なんじゃないか。
当たり前だと思っているものは、本当に当たり前なのか
朝起きる。
身体が動く。
ご飯が食べられる。
安心して眠れる家がある。
仕事がある。
必要としてくれる人がいる。
大切な人と話ができる。
こうして文字にすると、ものすごく普通のことに見えます。
でも、本当に普通なんでしょうか。
健康を失ったら。
大切な人を失ったら。
仕事ができなくなったら。
今まで当たり前だと思っていたものが、突然ものすごく大切なものだったことに気づく。
だから最近は、
幸せとは、当たり前になってしまった豊かさに、もう一度気づくことなのではないか。
と思うようになりました。
僕の中では、そのための一つの方法が「感謝」です。
感謝とは、無理やり「ありがたいと思わなきゃ」と自分に言い聞かせることではない。
すでに自分が持っているものを、もう一度ちゃんと見ること。
なのだと思います。
じゃあ、向上心はいらないのか
ここで、ずっと僕の中で引っかかっていたことがあります。
今に満足したら、成長しなくなるんじゃないか。
「今のままで幸せ」と思ってしまったら、仕事も頑張らなくなるんじゃないか。
でも、今はそうではないと思っています。
「今に満足すること」と「より良い人生を望むこと」は両立する。
生きている。
健康な身体がある。
大切な人がいる。
仕事がある。
今日もご飯を食べられる。
まず、それを受け取る。
「十分幸せだな」と思う。
そのうえで、
せっかく生きているなら、この人生をもっと楽しもう。
と思えばいい。
僕は、この感覚がすごく好きです。
不足から走るのではなく、満たされたところから走る。
「足りないから頑張らなきゃ」ではなく、
「ありがたい。じゃあ、この人生をどう使おう?」
と考える。
同じ努力でも、出発地点がまったく違います。
僕にとっての幸せ
いろいろ考えた結果、僕にとって大切なものは、かなりシンプルになりました。
健康。
人間関係。
仕事。
お金。
自由と楽しみ。
健康なら、年齢を重ねても元気に動ける身体でいたい。
人間関係なら、大切な人を大切にして、愛したい人から愛される人生でいたい。
仕事なら、自分の強みを使って、必要としてくれる人に価値を届けたい。
お金なら、際限なく増やすことより、自分の人生に必要十分なお金があればいい。
そして、その土台の上で、旅行したり、スノーボードしたり、新しいことに挑戦したり、人生を楽しみ尽くしたい。
人生は、どれか一つだけではありません。
仕事で大成功しても、身体がボロボロなら、僕にとっては成功ではない。
たくさんのお金があっても、大切な人との関係が壊れていたら、それも違う。
自由な時間があっても、健康でなければ楽しめない。
だから僕にとって成功とは、
大切な人との関係と健康を壊さず、
心が静かなまま、価値を提供し続けられている状態。
そんなところに、今は落ち着いてきました。
人と比べて、幸せを測らない
もう一つ、この2年間で大きく変わったことがあります。
人との比較です。
自分より稼いでいる人。
自分より成功している人。
自分より自由そうな人。
上を見れば、いくらでもいます。
比較を基準に幸せを決めてしまったら、おそらく一生ゴールには辿り着きません。
だから大切なのは、
「世間から見て良い人生か」ではなく、
「自分にとって良い人生とは何か」を知ること。
だと思います。
僕自身、人生について考える時間を持つようになって、以前よりも人との比較が減ってきました。
自分が大切にしたいものが分かれば、他人が持っているもの全部を欲しがる必要がなくなる。
これは、お金以上に自由を与えてくれることなのかもしれません。
幸せは「状態」なのかもしれない
最近、目標について考えていて、面白いことに気づきました。
僕は目標設定をするけれど、本当に欲しいのは数字そのものではなかったんです。
健康なら、
「体重○kg」ではなく、90代でもピンピンしている自分。
お金なら、
「資産○億円」ではなく、お金の心配をしていない自分。
英語なら、
「TOEIC○点」ではなく、旅先で外国人との会話を楽しんでいる自分。
僕が本当に欲しいのは、数字ではなく、その先にある「状態」だった。
だとしたら、幸せも同じなのかもしれません。
幸せとは「何を持っているか」ではなく、
自分がどんな状態で人生を生きているか。
なのだと思います。
幸せは、未来にも今にもある
もちろん、僕もこれからやりたいことはたくさんあります。
もっと成長したい。
もっと面白い仕事もしたい。
行ったことのない場所にも行きたい。
新しいことにも挑戦したい。
だから、未来を諦めるつもりはまったくありません。
でも、
未来の幸せのために、今日の幸せを犠牲にする必要もない。
今あるものを受け取る。
感謝する。
大切な人を大切にする。
身体を大切にする。
自分の強みを使って仕事をする。
そして、余った人生で思いっきり遊ぶ。
最近は、それで十分なんじゃないかと思っています。
幸せとは何か
2年間、自分なりに考え続けてきました。
それでも、これが唯一の正解だとは思っていません。
これから生きていけば、また考え方も変わるかもしれない。
でも、今の僕が思う「幸せ」は、
どこか遠くにあるゴールではなく、
今ここにあるものに気づく力と、
そのうえで「この人生をどう楽しもうか」と未来にワクワクすること。
その両方なんだと思います。
今ある幸せを受け取ることと、より良い未来を目指すこと。
どちらか一つを選ぶ必要はない。
「今、幸せだな」と思いながら、
「もっと面白い人生にしよう」と前に進めばいい。
そして、せっかく生かされているのなら、
僕は、この人生を楽しみ尽くしたい。
あなたにとって「幸せな人生」とは、どんな人生でしょうか。
一度立ち止まって考えてみると、
意外と、すでに持っているものの中に答えがあるのかもしれません。






